VOICE公募
彼女のスカート
鏡に映るわたしは、きれいじゃない。髪は太く量も多く、おまけにくせ毛でちりちりしている。誰かが「髪は女の命」と言った。テレビのなかのきれいな女の人の髪は、触ったら絹糸みたいにサラサラしているんだろう。
昔はもっと女だった。
ストレートパーマをかけ嫌いな自毛を隠した。メイクやファッションを研究し、周りから頭一つ抜きん出ようとしていた。
美しさや可愛らしさは分かりやすく周囲にプラスに働きかけることを幼いころから見て知っていたし、進学も就職もそして恋愛も、選択肢は多いに越したことはない。
それに何より、男のためだけに女をやっているのではなく、自分を可愛くするのは心が躍る。花の時期は短く、あっと言う間にミニスカートをはけなくなる年齢になることや、年をとったら地味でいるに越したことがないことを周りの若くない女の人が示していた。
イギリスに暮らしてしばらく経つ。
紫外線に弱いコーカソイドの友人は、夏が来ると身体に浮かぶしみに悩みながらも肌を出すサマードレスを着ている。ねぇ、なぜ夏なのに肌を出さないの、きれいなのに、と聞かれたことがあった。わたしたちは二人とももう若くない。
控え目なのが好きなの、と答えた。
半分の本心だった。
少し前まで、わたしがミニスカートをはかないのはわたしの選択だった。なのに、知らないうちにルールも追いかけてきた。若くなかったり、美しくない女の足はスカートに適さない。そう思う人はきっといる。
幸いここでの暮らしに女のルールは少なく、縦皺の流れる老婦人の深く開いた胸元や、ショートパンツから出る生命力を失って素直に緩んだ太腿に、大きな注意は向けられない。
ルールからはみ出す女としての予行練習を、はじめるのも悪くないと思った。
ミニスカートがはきたいわけでもサマードレスを着たいわけでもないけれど、少なくとも、もしこの先、どうしても身につけたいものを見つけた時は戦わなければならないかもしれない。年甲斐という名前の鎖は、自分も他人も縛っている。
女の子とおばさんは地続きで、いきなりおばさんの時代はやって来ない。カラフルなサマードレスが好きな友人は私よりずっと年上で、このくせ毛をボブが似合う豊かな髪ね、と何ともない顔で言った。
絹糸の髪も若さも美しさも持たなくなったいま必要になったものは、他人の目を気にしないピンと張った精神だった。
12月の公園で、彼女のはためくスカートを見た。
ピンクや水色、きいろに緑。北風が強い曇りばかりの灰色のこの町で、彼女のスカートだけが眩しい。風に舞って自由に揺れたいのは、きっと女の人も同じ。
来年の夏の景色が遠くに見えた。
「これからのルール」
目に見えるものから見えないものまで、
わたしたちはルールに囲まれて生きている。
ルール、という概念はどこかかたくるしくて
雲のうえの誰かがつくったような手の届かなさに力が抜けてしまって。
だけどほんとうのルールは、
心を縛るものではなく
新しい日々をよりよくするするものであるはず。
わたしたちが未来を希求する速度は、
こりかたまったルールをもう追い抜いている。
まずは知って、そうすれば問いが生まれる。
わたしたちのこれからのルールを
ほのあかるいほうへと探しにいきましょう。
she is オフィシャルサイトより抜粋/ she is
これは、自分らしく生きる女性のためのウェブマガジン she is の特集「これからのルール」のコンセプトメッセージ。
自分らしく、というたった5文字の言葉はよく使われるけれど、人生で使いこなすのは難儀です。
それは世間体や年齢や性別、ときにはもっと奥深くの、心の奥の奥に隠れた自分でも見つけることのできないやわらかなところを剥き出しにして生きることだと思うから。
若さと美しさがするりと手から滑り落ちるとき、そして完全にそれが過去のものになったとき、迷子になる女性が減っていきますように。
そんな気持ちで公募に出した一編です。
オチとしては、落ちました。でも、来年のホリデー用に一枚も持ってなかったワンピースでも買おうかな、とこれを書いたあと思いました。
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